シニア・ウォーキング江ノ島古道 [歩く]
10月2日に下見に行った「江ノ島古道」の本番。藤沢から江の島まで「大山古道」を繋いでの歩きで、町田市の北部が源流である境川にそった趣の異なるポイントを巡った。
この泉蔵寺は唐破風の造りが目を引く。屋根に鯱鉾がのり、武田菱が鮮やか。道に面しているが静かな真言宗のお寺さんである。創建は北条康時というが、当初は近くの鯨骨にあって、新田義貞の鎌倉攻めで焼かれたため、現在の片瀬の地に再建されたそうだ。
この2つの写真は密蔵寺(真言宗)で、手入れがいきとどいたカツラは小暮実千代「愛染かつらの木」。といっても、その意味をわかるひとも少なくなったが、さすがシニアグループだから、両者の関係に説明はいらない。このカツラの木は愛染明王を祀っての記念樹だそうだが、語呂合わせなのだろうか。
また、密蔵寺には弘法大師の石像が30体ほどある。当初は88体が目標だったが、関東大震災で中断したままである。
片瀬の地には諏訪神社が上社・下社とあるが、上社・下社を備えているのは、信濃の諏訪大社とここだけだそうだ。神紋が上社・下社で若干ちがうところがおもしろい。写真は下社のものだが、梶の木に4本の根付の紋が上社、5本の根付が下社。 諏訪大社も上社は4本根付、下社は5本根付という。一般の諏訪神社は梶の葉の紋でも根は付いていないとか、これもおもしろい。
元の使者供養塔
常立寺(日蓮宗)には「誰姿森(たがすがたのもり)」と刻まれた供養塔がある。建治元年に処刑された元の使者・杜世忠など5人を葬った塚といわれる。誰姿森といわれるこのあたりは「龍の口」と呼ばれた刑場の跡地という。
この泉蔵寺は唐破風の造りが目を引く。屋根に鯱鉾がのり、武田菱が鮮やか。道に面しているが静かな真言宗のお寺さんである。創建は北条康時というが、当初は近くの鯨骨にあって、新田義貞の鎌倉攻めで焼かれたため、現在の片瀬の地に再建されたそうだ。
この2つの写真は密蔵寺(真言宗)で、手入れがいきとどいたカツラは小暮実千代「愛染かつらの木」。といっても、その意味をわかるひとも少なくなったが、さすがシニアグループだから、両者の関係に説明はいらない。このカツラの木は愛染明王を祀っての記念樹だそうだが、語呂合わせなのだろうか。
また、密蔵寺には弘法大師の石像が30体ほどある。当初は88体が目標だったが、関東大震災で中断したままである。
片瀬の地には諏訪神社が上社・下社とあるが、上社・下社を備えているのは、信濃の諏訪大社とここだけだそうだ。神紋が上社・下社で若干ちがうところがおもしろい。写真は下社のものだが、梶の木に4本の根付の紋が上社、5本の根付が下社。 諏訪大社も上社は4本根付、下社は5本根付という。一般の諏訪神社は梶の葉の紋でも根は付いていないとか、これもおもしろい。
元の使者供養塔
常立寺(日蓮宗)には「誰姿森(たがすがたのもり)」と刻まれた供養塔がある。建治元年に処刑された元の使者・杜世忠など5人を葬った塚といわれる。誰姿森といわれるこのあたりは「龍の口」と呼ばれた刑場の跡地という。
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